「この世は かばかりと」

今回の言葉は、源氏物語の「若菜上」巻に出てくる、光源氏の妻・紫の上の述懐です。

「理想の女人」として描かれ、物語内でも人々に称賛されている紫の上がなぜこんなことを言うのか…。

「心に響く言葉」と称して、自分の好きに書き散らすコーナーとなりつつありますが…よろしければしばしお付き合いを。

キラキラお姫さまの心の闇

紫の上は、まだ童女と言われるような年齢の頃に源氏物語の主人公・光源氏に見初められ、手元で養育された上でそのまま妻となった女性です。

源氏の最愛の人・藤壺の姪で容貌も似ており、源氏の理想通りの女性に育て上げられます。

政争による源氏の須磨への隠棲で数年間離ればなれになるという不幸はありましたが、源氏とともに暮らす唯一の女性、実質的な正妻として、周囲からも重んじられていました。その美貌や知性、人格も当代随一のものとして描かれています。

だからこそというか、今回挙げた言葉が出てくる頃までは、私にとって紫の上は完璧過ぎて印象が薄い。

しかし、源氏の浮気癖も何とか落ち着いてきて、余生(といっても紫の上はまだ37歳)を源氏と二人でのんびりと過ごせたら…と思っていたところに、思いがけない出来事が起こります。

源氏の兄・朱雀院たっての懇願により、彼の愛娘である女三の宮が源氏の元に降嫁することになったのです。

女三の宮は前天皇の娘。紫の上も皇統につながる生まれではありますが、血筋の高貴さでは女三の宮にはかないません。光源氏の正式な正室は、女三の宮ということになったのです。

紫の上は表立って嘆きも悲しみもせず、女三の宮を屋敷に受け入れる準備をし、温かく迎え入れます。

しかし、一見幸せなお姫さま生活を送りつつ、心にひたひたと悲しみを溜め続けていた紫の上にとって、この女三の宮の降嫁は決定的なダメージとなったのでした。

自分が正式な結婚の手順を踏まず、なし崩しに妻となってしまったこと。数々の源氏の浮気(そもそも、須磨隠棲も帝の妃になるはずの女性に手を出したのが原因)。そして何より、自分が誰か(藤壺)の「形代」ではないかと感じてきたこと…完全無欠に見えるお姫さまは、実は悲しみの人だったのです。

「自己中」源氏への、強烈な一矢

そんな紫の上の鬱積を露知らず、源氏は「あなたはこんな素晴らしい私と一緒になれて幸せでしたね~」みたいなことをのたまったりするわけです。

そう、光源氏ってけっこうKY。

そしてあるとき、紫の上は源氏にこう言うのです。

…この世はかばかりと、見果てつる心地する齢にもなりにけり。さりぬべきさまにおぼしゆるしてよ

「この世はこの程度のものと見極めたような年齢になりました。ですからどうか、私の願いを叶えてください」

この「願い」とは、出家のことです。

そして、「この世はかばかりと」とは、ずいぶん痛烈な言葉です。

この時代の女性はほとんど外に出ることはありませんでした。広大な屋敷の奥深くに住まい、顔を合わせるのは身近な使用人や子ども、そして夫くらいです。

紫の上の「この世」とは、源氏との関係に他ならない。

それを「この程度のものと見定めてしまった」と言っている。「あなたのことは見限った」と言っているようなものです。

しかし、源氏はそれに気づきません。

そして、紫の上の悲痛な願いも、源氏はまともに取り合おうとしません。「とんでもない。これからやっと2人でゆったり余生を過ごそうと思っていたのに…出家を願い続けているのはむしろ私の方。私が出家したら、あなたも出家したらいい」

…嫌な男だな。

紫の上のこの言葉で、これまで表に出てこなかった彼女の苦悩がクローズアップされます。きれいすぎて印象薄いなぁと思っていた彼女が突如、陰影のあるリアルな存在として感じられるようになる。すごい台詞だと思います。

…その後、紫の上は病に倒れ、源氏の懸命な看病もむなしく亡くなります。

紫の上を失う間際になって初めて、源氏は彼女の苦悩に気づき苦しみます。また彼女が「形代」ではなかったこと、彼女そのものを唯一無二の存在として愛していたと悟るのです。

読むたびに引き込まれる古典

20代の頃はかなり源氏物語にはまっていました。

とはいっても原文には手を出していませんが…読んだ現代語訳もどちらかというと傍流のものが多かったです。

印象深い訳のひとつは、橋本治「窯変源氏物語」。源氏の一人称で書かれているかなりの長編です。男性サイドの目線や感情がわかって興味深いです。

もうひとつは、瀬戸内寂聴の「女人源氏物語」。巻ごとに語り手の女性が変わるというもの。

もちろん有名なあのマンガ、大和和紀の「あさきゆめみし」も読んでいます。

解説本やビジュアル本もかなり読みました。

それだけ探求したくなるのが、古典のすごいところ。

源氏物語は女性の登場人物が非常に多いですが、好きな人物は歳を重ねるにつれて変わっていきます。

ただのツンツンした女にしか見えなかった源氏の最初の正妻・葵の上に共感できるようになったりね。

胸を張れるほどの読書量はないのですが、読むたびに気づきが得られるのは古典だなと、つくづく思います。

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