「あいつら、ホント悪いからね」

さて、ただの悪口みたいなこの言葉。
これのどこが「心に響く言葉」なのでしょうか。

そこに集まるお母さんは、みんな「私が悪い」と思っている

まだ育休中だった頃の話。

産後うつスクリーニングに引っかかった私には、定期的に区の保健師さんが電話をくれていました。

息子が生後4か月を過ぎた頃、いつものように連絡をくれた保健師さんが、ある集まりに誘ってくれました。
参加するお母さんたちが、ただそれぞれの子育ての悩みやつらさを話し、ただ聞く、という会。
その会の間、4か月以上の子は別室でボランティアさんが預かってくれます。

当時は悩みを聞いてもらうよりも1時間半だけでも子どもと離れられるのがありがたく、育休が終わるまではよく参加していました。

アドバイスも批判もなく、議論ももちろんなく、ただ聞き、聞いてもらう場。

ささやかな悩みも、昼ドラになりそうな深刻な悩みもありましたが、その場に集うお母さんたちに共通していたのは、「私が悪い」という思いでした。

それは、あざやかな視座の転換

この会のモデレーターを務めるのは地域担当の保健師さんでしたが、数か月に一度くらい、「先生」と呼ばれる初老の女性が加わることがありました。

化粧っ気のない顔に、ひっつめにしたグレイヘア。「先生」は、穏やかな笑みの表情をたたえてお母さんたちの話を聞きます。

あるとき、あるお母さんが、子どもが言うことを聞かない、ワガママで手を焼いている、そんなような話をしました。

そのとき、「先生」が言ったのがタイトルの台詞だったのです。

「あいつら、ホント悪いからね。子どもは悪いわよねぇ」

仏のような表情を浮かべる「先生」から、「あいつら」という言葉が飛び出したインパクト。

そして、悪いのは「子ども」であると言っていることに、はっとさせられました。

その場のお母さんたちは私も含めて皆、「私が悪い」と思っている。そして、その思いに捕らわれて苦しんでいるのです。

そこにあざやかに飛び込んできた「先生」の言葉は、自分の思考の外に目を移すきっかけになりました。

「私が悪い、以外の考え方もあるんだ」

自分の思い込みに気づくには、外に出ていくこと

もちろん「先生」は、本当に子どもが悪いなんて思っていなかったでしょう。

でも、あえて偽悪的に「子どもが悪い」と表現しました。

その場のお母さんたちの「自分が悪い呪縛」を解く意図があったかどうかは謎ですが、少なくとも私は「先生」の言葉でとても楽になったのです。

なんとなく義務的に行っていた感もあるこの集まりでしたが、密室育児で視野が極端に狭くなっていた中で、自分を客観視できる貴重な機会だったと今は思います。

思い込みはほとんどの場合、いい結果を生みません。

それに気づくには、外に出ること、人に会うことがいちばんなのだと思います。

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