「明日、考えよう」

ライターという言葉を扱う仕事をする者として、このブログでもときどき「ことば」をテーマに書いていきたいと思います。

今回ご紹介するのは、マーガレット・ミッチェルの名作『風と共に去りぬ』のヒロイン、スカーレット・オハラの言葉です。

映画もいいですが、私は小説の方に思い入れがあります。

高校生の時に初めて読んでから、幾度読み返したでしょうか。

物語の中で、スカーレットはピンチに陥るたびにこの言葉を口にします。

映画のラストシーンのセリフ「明日は明日の風が吹く(After all, tomorrow is another day.)」が非常に有名ですが、事あるごとに私の心に浮かぶのは、タイトルに掲げた言葉の方です。

スカーレット・オハラという人

「風と共に去りぬ」は、アメリカ南北戦争下の南部地域(主にアトランタ地域)を舞台に、アイルランド系移民の父と、アメリカ南部のフランス系名家出身の母を持つ気性の激しい南部の女性、スカーレット・オハラの半生を描いた作品です。

美人だけど気が強くてワガママで、基本的に超自己中!なスカーレットは、同じ女としてはあまりお友達になりたくないタイプです。

彼女に強く惹かれ、一度は夫婦となって子どもまでもうけた無頼派ヒーロー、レット・バトラーは、彼女は自分を愛する人に対してナチュラルに無慈悲なことをする、と述べています。

しかし、彼女にはそれこそその名前が示すような、炎のような情熱と根源的な強さがあり、そこに惹きつけられてしまうのです。

その強さは人間として、というより生物として、という方がふさわしい強さだと私は感じます。

女はたおやかに慎ましく、が美徳とされた当時とあっては、彼女のそんな資質は穏当に生きていく上では邪魔にしかならない、ともいえるのですが。

どんなに破滅的な状況に陥っても、明日は来ると信じている

そんなわけで、スカーレットにはさまざまな災難が降り注ぎます。

自分と結婚してくれるはずと信じていた初恋の人への失恋。

敵軍が迫る街から、身重かつ瀕死の義妹を痩せ馬のボロ馬車に乗せ、自ら御して戦火をくぐり抜け脱出。

レット・バトラーとの間にできた愛娘の事故死。

そして、レットとの離別。

何ならもうここで死にたいわと思ってしまいそうな出来事の数々ですが、こうした災難に遭遇するたびに、彼女は口にします。

「明日、考えよう」

絶対に、自分に明日が来るって信じているのです。来ないなんていう可能性はちらりとも考えない。

しかも、物事を考えられるほどの余裕がある明日が来ると。

今日よりはほんのちょっとでもましな明日が来ると。

先送りはよくないよー、なんていう上っ面の定説を吹っ飛ばす、腹の底から湧き出る先送り思考です。

行き詰まったら、唱えてみる

考え続けて苦しくなったら。とにかくしんどいと思ったら。

「明日、考えよう」と言ってみます。

そうすると、スカーレットの強さが少し自分にも入ってくる気がします。

たまには先送りしたっていいんです。ちゃんと明日は来るのだから。

ただし、この言葉は本当に苦しい時のための言葉です。

多用は厳禁。ただの先送りさんになってしまいますからね(笑)

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