前へ進む自分を支えてくれる言葉や経験、ありますか?

「書く仕事で独立し、生きていく」そう決めた私には、心の支えとしている言葉や人、経験があります。

弱気になったとき、つまづいてしまったとき、これらの「力のもと」を思い出して、また前に進むのです。

今回は、そんな「力のもと」となっているエピソードのうち、就活時~新聞・出版業界で働いていた頃の3つをお話ししてみます。

1.ベテラン記者の涙

新聞記者を目指していた就活生の頃、某全国紙の二次面接での話です。

「面接」とはいうものの、この会社の二次面接は1日がかり。6、7人のグループに分かれ、午前中はグループディスカッション、お昼はそのグループ+試験官(現役記者)と一緒に食べ、午後は模擬取材・記事執筆、最後にやっと個人面接という流れでした。

同じグループになった人たちは早稲田だ慶応だ、さらにマスコミ塾にもばっちり通っているような子ばかり。対して、地方の新設校の既卒、しかも2回大学に行ったためにすでに26歳だった私。場違い感半端なしです(笑)

私たちのグループの模擬取材は、ベテラン女性記者が対象。彼女がテーマのひとつとして追求している犯罪被害者ケアについて聞き、彼女の人物紹介のような記事を書くというのが課題でした。

取材は1対1(試験官はいますが)で順番に行いました。もう15年近くも前のことで、自分が彼女に何を聞いたのかはまったく覚えていません。

でも、私が投げかけた問いに答える彼女が、不意に声を詰まらせる場面がありました。驚いて彼女の顔を見つめると、目には涙が光っています。

深い何かを掴んだ、と思えた瞬間でした。

最後の個人面接の際、試験官の記者さんは「あのインタビューの質問には本当に感動した」とおっしゃってくださいました。

しかし、この話にはオチがあり…肝心の記事は「なんであんないい取材できたのに、こんなつまんない記事になっちゃったの?」と言われてしまいました(笑)新聞記事という体裁にこだわり過ぎて、無味乾燥になってしまっていたのです。

結局、最終面接は進めませんでしたが、取材には不可欠の「聞く力」を確かに評価してもらえた、という実感を得られた経験でした。

2.七三びん底メガネと立花隆とジャン・ポール・エヴァン

派遣社員として、小売業専門誌の広告営業部門で進行管理を担当していた頃の話。

私の席の斜め背中合わせの位置に、40代くらいの男性営業がいました。営業、とはいっても編集畑が長く、つい少し前まで編集部にいた人でした。

髪型は七三分け、四角いびん底メガネの奥に見える目は細く鋭い三白眼。独身(多分)。

背中から聞こえてくるさまざまなやりとりからは、相当な切れ者であることが窺えました。知識が深く、議論に強い。

容赦ない皮肉屋でもあり、特に女性にとってはちょっと怖いタイプではないかと。

彼は営業でも私とは担当媒体が別で部署も違ったので、(幸い?)仕事上の絡みはほとんどありませんでした。彼を含む営業のおじさまたちの雑談に、一緒に混じるくらいで。

この会社に1年半くらいいたのち、私は念願の正社員として編集プロダクションへ転職することになりました。

最後の出勤日、思いがけずびん底メガネの彼から贈り物をいただきました。

ジャン・ポール・エヴァンの紙袋の中には、チョコレート1箱と1冊の新書。

本は立花隆の『知のソフトウェア』で、ふせんがいくつか覗いています。彼が、自分が大切だと思う箇所にわざわざ付けてくれていたのでした。

「見込みがあるって人にしか、俺はこういうことしないから」

表情ひとつ変えず、そんなことを言いました。

あの彼とジャン・ポール・エヴァンという強烈なギャップとともに、心に刻まれた出来事でした。

3.鬼上司、最後の言葉

編集プロダクション時代の上司は厳しい人でした。

私が入社したのは29歳の頃でしたが、一人前の編集者としてバリバリ活躍しているもっと若い子がたくさんいて、怒られてばかりの私はひどい劣等感を味わっていました。

今では、すでに「いい年」であった私を、できるだけ早く一人前にしようとしてくれていたのかな、と思うのですが…。

小さな原稿を、何度も何度も何度も何度も…突っ返された日には、賽の河原で石を積んでいる童のような気持ちになったものです。

結局、私はここで体を壊してしまい、かなり短期間で退職することになりました。

年末の最終出勤日は、私の最後の出勤日でもありました。

いつもは夜遅くまで働く社員たちも、この日は夕方で仕事を切り上げ、皆揃って忘年会に向かいます。

お店に向かう皆から分かれ、駅の方へ歩いていこうとする私に上司が言いました。

「あなたは必ず、この世界に戻ってきなさい。いや、戻ってくる」

何も言えず、深々と頭を下げるしかできませんでした。

そして、あれから10年が経とうとする今、上司の予言は当たったのです。

きっと誰にでもある、大切なもの

私が大切にしているエピソード3つをお話ししましたが、きっとこうした「元気のもと」は誰だって持っているものだと思います。

「自分はこれがやりたい!」と思って進んでいる人なら、なおさら。

そう思えるまでになるには、きっと、認めてくれた誰かの存在があると思うからです。

今回書いていて、改めて元気が出てきました。そして、これらの「元気のもと」をくれた人たちに、大きな感謝の気持ちが湧いてきます。

ぜひ皆さんも、誰かがくれた大切な「元気のもと」、いつでも取り出せるようにしておいてくださいね。

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