一度ライターのキャリアを捨てた私が、再び戻ってきた理由:その1

それは、私に与えられた能力の中で、書くことが最も人の役に立て、喜んでもらえることだと思うようになったからです。

今回は、一度は「書く仕事」を諦めた私が、再び戻ってきた理由と経緯をお話しします。

書くことが自分を活かす道と信じ、新聞・出版業界へ

書くことがものすごく好き!というわけでは、実はありません。

書くことって、けっこう苦しいから。

表現にはゴールはありません。もっといい言葉、伝え方はないかと、脳みそに汗をかいてもがくような、産みの苦しみがついて回ります。

でも、子どもの頃から、自分では「そんなによく書けなかったなぁ」と思っていても、書いたものを褒めてくれる人が多くいました。

2つめの大学のとき、新聞社でのインターンシップを機に記者を目指しました。私にとって、書くことが自分を活かす道のように思えたのです。

体を壊し、キャリアをリセット

社会人になり、新聞・出版業界を渡り歩いた私は、自分の紡いだ言葉が形になり、誰かに届いていくことにやりがいを感じていました。

しかしこの業界の労働環境は厳しく、よくあることですが私も健康を害しました。仕事は好きだったけれど、こんな働き方はもう無理だとそのとき思ったのです。

結婚もしたかったし、いずれは子育てもするかもしれない。書く仕事への未練はありましたが、それよりも、当時はとにかくほどほどに働けて、プライベートも大切にできる仕事がいいという思いが強く、事務職にキャリアチェンジしました。

望んでいた「ゆるキャリ」的働き方を手に入れたけれど、やりがいはほぼない。予想はついていたことなので、そこは割り切るよう努めました。

育休中のボランティアが転機に

ほどなく出産のためお休みに入り、育児の日々が始まって半年ほど経った頃のこと。息子と行った図書館で、住んでいる自治体の広報誌を作る、ボランティア編集委員募集のチラシが目に留まりました。

数か月間で5回ほど集まり、特集決めから記事作成まで行うというもの。しかも、編集会議の間は無料の保育付き。

密室育児で鬱々としていた私は、「これだ!」と思いました。編集なら自分の経験が活かせる上に、子どもと離れる時間ができる。私のために用意された仕事じゃないかと思いました。

チラシを目にした時点で募集期限が過ぎていたのですが、ダメもとでメールし、熱意をアピール。実は全然人が集まっていなかったようで、大手を広げて歓迎してくれました(笑)

特集テーマを決め、取材先を決め、インタビューし、記事を書く。

そんな仕事の一つひとつが楽しく、私の細胞を生き返らせるように思いました。

やっぱり苦しいんです。どうしたら、もっと伝わる文章になるだろう。どうしたら、読者の心に残るだろうって。

でも、この苦しみを私は引き受けることができる、書くことなら頑張れるという確信を得たのです。

私は、再び「書く仕事」に戻ろうという決意を固めました。

育児オンリーの日々から抜け出したくて始めた小さなボランティアの仕事が、大きな転機となったのです。

一度ライターのキャリアを捨てた私が、再び戻ってきた理由:その2に続きます。

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