「何のために」より「誰のために」

クリスマスの今日。

なまくらクリスチャンの私ですが、さすがにイブかクリスマス当日は「教会に行こう」となります。

今日足を運んだのは、上智大学にある聖イグナチオ教会の10時のミサ。

私はカトリックではないのですが、大きなカトリック教会は普段の平日でも1日に何回かミサがあり、基本的にオープン(教会の扉が普段から日中は開いていて、好きに入れる)なので入りやすいのです。
(プロテスタント教会は小規模なところが多く、基本クローズです。誰でも迎え入れる精神は実際のところどちらも変わらないのですが、外部の人から見たらカトリック教会の方が入りやすいと思う)

入口に積まれていたリーフレットに、最近来日した教皇フランシスコが語った言葉がありました。

あなたたちは、幸せになります。

ほかの人といのちを祝う力を

保ち続けるならば、

あなたたちは豊かになります。

 

何のために生きているかに

焦点を当てて考えるのは、

それほど大切ではありません。

肝心なのは、

だれのために生きているのか

ということです。

ミサの説教の中で、この聖イグナチオ教会にいる外国人の司祭の方が、教皇が来日したとき通訳としてずっと側についていたという話がありました。

教皇が飛行機で羽田空港に着いた時に集まったマスコミ関係者の数は、トランプ大統領来日時の3倍以上だったといいます。

世界一注目される人のひとりであるその教皇は、日本を含む今回の外遊で、それぞれの国の錚々たる人々と面会しています。

日本でも、確か天皇陛下や安倍首相とも会っていましたよね。

しかし、今回の通訳を務めた司祭など周りの人々と親しく語る中では、天皇や首相、政府高官などの話はまったく出なかったのだそうです。

教皇が口にしたのは、出会った若者たち、被災者・被爆者の方々のことばかりだったと。

教皇がいつも誰に目を向けているのか、「だれのために生きているのか」、よくわかるお話でした。

私も「だれのために生きるか」、何となくその答えは持っています。ちょっと今ははっきりと言いづらいですが。

そのためには、私自身がまずしっかり立たなければなりません。

気持ち新たにまた一歩踏み出そう、そんな力をもらったようなミサの時間でした。

メリークリスマス。

クリスマスのお恵みが、皆さんの上に豊かにありますように!

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