「輝きベビースクール」で学んだこと

先日、息子と一緒に通っていた「輝きベビースクール」全9回を終えました。
このスクールは、モンテッソーリ教育とガードナーの多重知能理論をベースにした「輝きベビーメソッド」による幼児教室です。

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もともと、モンテッソーリ教育の考え方に共感していたこと、そして、主宰の伊藤美佳先生のメルマガに助けられ、実際にお会いした時にそのお人柄に強く惹かれたことから、受講に至りました。

1か月に2回の開講なので、休まず通えば5か月ほどで終了となるのですが、1歳少し前に通い始めた息子は既に2歳過ぎ(笑)

のんびりゆったりペースで1年以上かかりましたが、子育ての軸を持てたことに加え、対人コミュニケーション全般に生かせる学びを得ることができたと思っています。

ちょっとまとまりはないのですが、1年かけて通った中で印象に残ったことを綴ってみます。

「ああ、お仕事中なのね」

1回のスクールは1時間半。最初の30分は自由時間で、棚にずらりと並んだおもちゃを、子どもたちが好きなように選んで好きなように遊びます。
(おもちゃはモンテッソーリ教具もありますが、ほとんどは100均材料で作ったものです)

30分経つと最初の挨拶の歌が始まり、その日のプログラムに入っていきます。

しかし、まだ夢中で遊び続ける子は毎回います。

プログラムの途中でも、棚のおもちゃを取りに行って遊び始める子もいます。

基本、止めません。

「あ、○○ちゃんはお仕事中なのね。面白そうだと思ったらこっち来てね~」

親の方は、特に最初のうちはみんなと一緒にやってくれないと焦ってしまうのですが、子どもの「今、これがやりたい」をいつも尊重してくれる環境でした。

「ダメ」と言わない

「ダメ」という言葉は極力使わないように、と教わりました。

例えば、おもちゃを投げたら。

「ダメ!」ではなく、まず共感します。

面白くて投げているようなら「ポイってするとおもちゃ遠くに行って面白いね~」。

怒って投げているようなら「上手にできなくて嫌になっちゃったのかな?」

そして、投げるのを面白がっているなら「これなら投げていいよ」とボールなど代わりのものを渡す。

おもちゃで上手に遊べなくて怒っているなら「お母さんと一緒にやってみようか?」と誘う。

(あくまでひとつの例です)

この「共感」はけっこう効き目があり、泣き喚いているときにうまく共感の言葉がはまると、ぴたっと泣き止むことがあります。

ただし、口だけの言葉は見抜かれます。

ただ面倒くさいから早く泣き止ませたい、と思って適当に口だけで言っていると泣き止みません(笑)

子ども、けっこう鋭いです。

「ここまではOK」という枠組みを決める

子どもの気持ちを尊重するといっても、何でも好きなようにやらせればいいということではありません。

「ダメ」は使わないようにとは言いますが、危険なことをしようとしたときは別の話。「ダメ!」でも何でも、断固として止める必要があります。

また、危険ではなくても、親にとってやってほしくないことはいろいろあります。

お絵描きは床や壁にはしてほしくないとか。

ティッシュ全部出してほしくないとか。

どこまでやっていいかの枠組みを決める主導権は、親にあります。

家庭を運営しているのが親である以上、それを決める権利は親が持つのです。

しっかりと枠組みを決めて、その中でなら子どものやりたいようにさせる。

お絵描きなら、大きな紙を広げて「この紙に描いてね」。

ティッシュ遊びなら、代わりのおもちゃ(空のティッシュケースにオーガンジーの布切れをいっぱい入れておく、など)を与えて、思う存分引き出させる、など。

枠組みを決め、それを毅然と運用するのが大切です。

やってみるとわかりますが、特にしつけ面において「枠組みをゆるがせにしない」というのは、かなり親の胆力が試されます。

まず、お母さん自身の気持ちを大切にすること

とにかく、子どもを「小さな人」として尊重してくれたスクールでしたが、その親のことも大切にしてくれました。

子どもにはもちろんのこと、親にも「ダメ出し」はありませんでした。

スクールとは別に受講したセミナーでは、「まずお母さん自身を大切にして、やりたいことをやって」という言葉をよく聞きました。

子どもを産んだらすぐにスタートする育児の日々は、自分の嫌な面に無理やり向き合わさせられることの連続でした。

自分の時間が永遠に(なんてことは絶対ないのですが)奪われたようで、絶望的な気持ちに陥ることもしばしばでした。

両実家は遠い、児童館も雰囲気に馴染めず行ったのは1回きり、ママ友は当然いない…そんな「孤育て」状態がどうにも辛くて抜け出したくて、始めたのがボランティア編集委員であり、このスクールでもありました。

決して安い投資ではありませんでしたが、ここで学んだことは大きな財産となりました。

「やりたいことをやる」その通りに一歩踏み出して、今の私があります。

1年、2年前の日記を見ると、自分がいかに追い詰められていたかがよくわかります。

自分が満たされていない、もしくは自分を満たすために動けていないのなら、人の心を満たすことなどできないと、今ではよくわかります。

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